毎日堂・マーケティングラジオ 田中さん回の記事バージョンです

AIで広告運用の景色は本当に変わるのか。
毎日の情報収集で気になったテーマを、その分野の専門家に聞きながら定点観測していく。今回のテーマは運用型広告とマーケティング全般で、お相手はYuwai株式会社の田中さんです。運用型広告を長く見ながら、最近はEC支援にもがっつり関わられている方です。
話してみると、この三カ月くらいで本当にいろんなものが動いていて、しかも動き方の質が前と違うなと感じる場面が多くありました。LINEヤフー、エージェンティックコマース、エージェンティック広告。入り口は別々なのに、結局同じ問いに行き着く感じがあった対談でした。
「なんとかマネージャー」問題から始まった話
最初に出てきたのは、お便りからのちょっと脱線した話でした。読者の方から「説明がややこしいなと感じる用語ありますか」という質問が来ていて、田中さんがすぐに挙げてくれたのが、「なんとかビジネスマネージャー」乱立問題です。
Yahooにもビジネスマネージャー、Googleにもビジネスマネージャー、ビジネスプロフィールにビジネスプロフィールマネージャー。意味は合っているんだけど、何を指しているのかが瞬間的にわからなくなる。GA4のアクティブユーザーまわりみたいに、せめてマウスオーバーで補足が出ればまだいいんですけど、広告系はそういう親切設計が薄いまま似た言葉だけが増えていく。
細かい話のようでいて、これはこの業界全体の現状をそのまま映している話だなと思いました。プレイヤーが多くて、機能も多くて、説明が間に合っていない。広告運用の難しさは、操作の難しさと言葉の混乱の難しさが半々ぐらいで重なっています。
LINEヤフーは「面」を増やしているけれど、追いついていない
本題の最初はLINEヤフーでした。検索連動型ショッピング広告の最上部掲載開始、LINEホームタブでの広告配信、LINE広告とYahooディスプレイ広告の管理画面統合と、最近わりと矢継ぎ早に動きが出ています。
ただ、田中さんの見方はかなり現場寄りでした。検索連動型ショッピング広告の最上部掲載は、使えている広告主からするとようやくGoogle並みの見え方になったという話なんだけど、このメニュー自体が代理店経由でしか使えない。一般の広告主からすると、自社のブランド名で検索しても、自分の商品ではなく一部の広告主の商品が最上部に来てしまう。実際、田中さんのクライアントでも表示回数や掲載位置は変わっていないのにクリック率だけ落ちていて、よく見たらこの最上部表示が始まったタイミングと一致していたそうです。地味にトラフィックを奪われている人がいるわけです。
面の話も似ています。LINEのホームタブに広告枠ができたといっても、田中さんも私もLINEのホームってあんまり見ない。立ち上げたらトークタブのまま使う人が大半で、上の方の広告枠ぐらいしか目に入らない。面は増えているけど、利用実態と噛み合っていない。
成果面でもMicrosoft広告の方が良いという声がちらほら聞こえてくる中で、国産プラットフォームとしてどう伸びていくのかは、外から見てもなかなか難しそうな段階です。管理画面の統合が始まって、Yahoo広告がLY(LINEヤフー)ロゴに変わったのは大きな節目で、運用者にとっては楽になる。ただ、統合の中身そのものはたぶん魔境で、当面ゴタゴタは続くだろうなというのが田中さんの見立てでした。
エージェンティックコマースは三カ月で景色が変わった
次に話したのがエージェンティックコマース、つまりAIが買い物を仲介する世界の話です。GoogleがUCP(ユニバーサルコマースプロトコル)を発表したのが今年の前半で、田中さんに言わせると「まだ三カ月」。それなのに、もうかなりいろんな動きがある。
ChatGPTはチャット内決済からは事実上いったん引いている。ClaudeもGeminiも性能を上げてきている中で、決済のような周辺領域より自社モデルを伸ばす方を優先しているという読みでした。Amazonは自社の中で完結する方向で、すでに商品探索用のAIが回っている。チャットからチェックアウトという発想ではなく、いかにカートに入れてもらうかにフォーカスしている。
そしてGoogleがUCPです。田中さんがすぐに釘を刺していたのが、Googleはこれと似たことを過去にもやっているという話でした。Buy on Googleというサービスが、日本に来る前の2023年に終わっています。理由は公式には出ていないものの、田中さんの感覚では実装が大変だったのと、ウェブサイトに行かずに決済することそのものへの心理的ハードルが結構あったからだろうとのこと。
ここはかなり大事な指摘だと思いました。決済のためにECサイトに行くのは別にそんなに苦じゃない。むしろ自分で個人情報やカード情報を入れて、購入完了画面まで自分で見たい人が多い。だから、それをショートカットしたい人がそんなに多くないのではないか、ということです。
今回はAIが間に入るUCPでShopifyとも組んでいるので状況は前回と違うけれど、急に流行ってドカンというより、Google自体は撤退する可能性もあるけれど規格は規格として残る、ぐらいの落ち着いた見立てでした。日本だとUCP対応カートが事実上Shopify一択なので、そもそも入り口が狭いという問題もあります。
AI対応ECで本当に効くのは「商品データの解像度」
ここからが今回の対談で一番現場に効く話だったと思います。UCPがどうなるかとは別に、AIが間に入る検索や購入の世界では、商品データそのものの整備が決定的に効いてくる、という話です。
田中さんがわかりやすい例として出していたのが靴下でした。人間は靴下の写真を見れば、なんとなくモコモコしているからウールっぽくて暖かそうだ、と判断できる。ところがAIには写真だけ渡しても、素材も保温性もわからない。色、素材、形状、重さといったスペックをきちんとデータとして持たせないと、AIにとってはすりガラス越しに商品を見ているような状態になってしまう。
しかも、AIにおすすめ商品として選ばれる候補は、せいぜい数個から十個ほど。何百億とある商品の中で選ばれるためには、スペックだけでなく、レビューや使い心地のような「使った人の声」もAIが読みに来る対象になる。フロントエンドだけ作っていればよかった時代は、ここで一区切りついた感じがあります。
問題は、日本側のカート事情です。Shopifyは普通にUCP対応している一方、国産カートは「一応つながりはするけど細かくはできない」段階。モールはモールで自社内のAI対応を強めていきそうなので、独立系カートで売っている事業者がいちばん難しい立場にいる気がします。
ここで田中さんが現実的なやり方として教えてくれたのが、カートの商品情報に対してMerchant Center側で別途用意した補足情報を結合する、いわゆるLEFT JOINのアプローチでした。カートのデータをメインに置きつつ、足りない部分だけ別の場所で持って紐付ける。販売者側だけで完結する話ではなく、カート制作会社や広告運用者の知恵も必要になってくる仕事です。
もう一つ巧いなと思ったのがShopifyの動きでした。フロントエンドのショップを使わずに、AIに商品情報を提供するためだけのプラン(エージェンティックプラン)が用意されていて、自分のメインのECサイトはそのまま動かしつつ、ShopifyにはAI連携用のカタログだけ置いておく使い方ができる。裏側にUCPがあるからこそ成立する設計で、保険的にShopifyを一個持っておくみたいな使い方をする事業者は今後増えていきそうです。
エージェンティック広告で「運用だけしている人」が削られていく
次のテーマがエージェンティック広告です。AIで広告運用そのものをやらせる流れですね。田中さんの言葉を借りるなら、入札やクリエイティブの最適化はもうかなりAIで自動化されているので、広告は半分すでにエージェンティック化している。これからは自然言語で指示したり、レポートだけでなく操作までAIにやらせたりする流れが、各プラットフォームから順に出てくるという見立てでした。
じゃあ運用者は何をするのか。まずファーストパーティーデータの整備と意思決定。AIがちゃんと働くためのデータをどう集めて、どう渡して、どこで人が判断するか。クリエイティブも、最後の見栄えのチューニングはまだ人の手が要る。ただ、運用そのものだけをやってきた人にとっては、いよいよ厳しい局面になってきています。
もう一個大事だと言っていたのがMCPサーバーの話でした。広告レポートだけ見ても答えが出ないことは多い。BigQueryに全部データを入れて、BigQueryのMCPで分析させて意思決定するという流れがそろそろ普通になりそう、と田中さん。運用というより、運用がうまく回るための環境を整えることと、人にしかできない意思決定をすることが、これからの仕事の中身になってきます。
この話、前回の大内さんとも完全に重なっていました。データ統合と分析が圧倒的に楽になっていて、しかも事業者側でもそれができるようになる。広告でもアナリティクスでも、結局同じ場所に話が戻ってきています。
パワードスーツを着て働いている感じ
ここで田中さんが面白い表現をしていました。生成AIを使って働くことを「パワードスーツを着ているような感じ」と言っていたんです。常に界王拳5倍を使って動いているような状態で、確かにできることは増えるんだけど、めちゃくちゃ疲れる。全然楽にならない、と。
これは大内さんが言っていた「楽しく忙しくなる」「楽になるというより気持ちよくなる」とほぼ同じ手触りの話だと思いました。AIで省力化されて余裕が生まれるというより、できることが増えたぶん仕事も増殖する。今までやらなくてよかったことを、やるようになっている、というのが現場の本当の感覚です。
田中さんは、自分はむしろ危機感があるからこそいろんなものに手をつけている、と言っていました。スマートウォッチや体重計、筋トレアプリのデータを全部APIで引き出してBigQueryに入れて、Looker Studioで分析する、みたいなことを完全に趣味の範囲でやっているという話を聞いたんですが、これがすごく象徴的でした。誰にも迷惑をかけない自分のデータでいいから、いろんなものをつないで分析させる体験をしたことがあるかどうかで、この先の仕事の景色がかなり変わる、というのが田中さんの実感だそうです。
支援する側からすると、何でも自分でやる必要はないけれど、専門家に頼むときに「どう伝えれば伝わるか」を理解するためにも、つまみ食いでいいから自分で触っておく必要がある。説明を聞いただけでは身につかない領域に、仕事の重心がずれてきています。
日本に「運用型広告の研究者」が出てこない問題
対談の終盤で、私がメルマガでぼそっとつぶやいて気になっていた話を投げました。日本では運用型広告について、リスティング広告とはどういうものかみたいな入門記事は多いのに、こんな実験をしてみたとか、こういう仕組みでこう動いていた、みたいな掘り下げた記事が本当に出てこない。
田中さんは最近の数少ない例としてオーリーズさんの名前を挙げていました。それ以外は、自分も年に一回ぐらい仕組みに踏み込んだ記事を書いているけど、なかなか広がらない、と。
理由はわりとシンプルで、本質的すぎる記事を書いても問い合わせにつながりにくい、というのが大きい。書き手の多くは代理店なので、引きのある内容にしたいインセンティブが働く。さらに、検証する気概のある人が昔より減っていて、AIで答えらしきものがすぐ出てくる時代に、再現性の低い検証を地道にやる動機が薄れてきている。海外だとメディア側がそういう専門コンテンツを出しているので、勝負にならない部分もあります。
ただ、フリーランスや一人でやっている人にとってはむしろ目立つチャンスでもあって、ここを書いてくれる人が増えるとメルマガにも載せやすくなるので、業界の人にはぜひ頑張ってほしいところです。
今からECを始めるなら、MCPで何でも繋がる時代の落とし穴
対談の最後に、これからECサイトをリニューアルする人にどうアドバイスするか、を聞いてみました。田中さんの答えは明快で、リニューアルの目的次第、というものでした。
日本流のおもてなしを作り込みたいなら国産カート一択。AI対応を視野に入れるならShopify。ツール起点でカートを選んだあとに目的に合わなくて困る、という典型パターンに入らないためにも、このショップで何を実現したいのか、海外を見るのか見ないのかまで含めて先に決めておく必要があります。
もう一つ、対談の締めで上がったのがセキュリティでした。広告もカートも何でもMCPで繋がる時代になってきて、データを引っ張り出す方法が一気に増えている。便利な反面、セキュリティ面が追いついていない感じがあって結構怖い。広告はお金が直接動くので、繋いだら何でもできるからといって雑にやるのはまずい。便利さの裏で、運用の慎重さや責任のあり方も同時に問われてくる時期です。
まとめ
今回の対談を通して見えてきたのは、運用型広告とECの世界が、ここ三カ月で本当に景色を変え始めている、ということでした。LINEヤフーは面の統合を進めていて、エージェンティックコマースは規格が出てから三カ月で勝ち筋まで議論できる段階に入り、エージェンティック広告は運用そのものを削っていく方向に進んでいる。
そして、共通して効いてくるのが「データの整備」と「設計力」です。商品データの解像度を上げないとAIに正しく扱ってもらえない。広告運用も、運用そのものより、AIが動くためのデータと意思決定の設計が中心になっていく。前回の大内さん回で出ていたアナリティクスの話とほとんど同じ構造で、領域が違うだけで、AI時代の支援者の立ち位置は同じ場所に集約しつつあります。
もう一つ印象的だったのは、楽になるというより、できることが広がってむしろ忙しくなる、という現場の体感です。パワードスーツを着て界王拳5倍で働いている、という田中さんの表現は、AIが普通に道具になってきた今の感覚をかなり正直に言い当てていると思いました。
そんな中でも、フリーランスや一人でやっている人ほど、検証や発信のチャンスがある。MCPやBigQueryに自分のデータを入れてみる、業界の話題を実験して書いてみる、ECならShopifyで保険的に一個持ってみる。こういう小さい踏み出しを、危機感があるうちに重ねた人とそうでない人の差が、この一、二年でかなりはっきりついてくるはずです。
また三カ月後か半年後ぐらいに田中さんとは続編をやりたいと思います。たぶん、その頃にはまた別の景色になっているはずです。
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