毎日堂・マーケティングラジオ 大内さん回の記事バージョンです

AIで分析は本当に楽になるのか。
大内範行さんと、アナリティクスの仕事のこれからをじっくり話しました。
毎日の情報収集で気になったテーマを、その分野の専門家に聞きながら定点観測していく。そんな形で始まった今回の対談ですが、初回のテーマに選んだのはアナリティクスでした。お相手はアユダンテ株式会社の大内範行さんです。アナリティクスアソシエーションの代表も務められていて、アクセス解析の世界をかなり長く見てきた方です。
最初は軽い雑談のように始まったんですが、話しているうちに、今の現場が抱えているややこしさがかなりはっきり見えてきました。AIで分析が楽になるのは間違いない。でも、楽になるだけでは終わらない。むしろ別の難しさが前より濃く出てきている。そんな話でした。
生ログから始まった人が見ている景色
最初に印象的だったのは、大内さんがアクセス解析のスタート地点として「生ログ」を挙げていたところです。しかも少し昔という話ではなく、インターネットのかなり初期、モザイクの頃からWebに関わっていたという話でした。今の感覚で聞くと、ほとんど歴史の授業みたいな世界です。
昔はログを見て、そこから検索キーワードを拾って、SEOに活かしていく。そういうやり方が普通にあったわけです。ツールが整っていないので、手間はかかるし、見える範囲も限られる。でも、生のデータを直接見て考える感覚はそこにありました。
面白かったのは、その話が単なる昔話で終わらなかったことです。今はAIの時代で、分析も自動化もかなり進んできています。それなのに、生成AIのクローラーがどう動いているかを見る場面では、また生ログが活躍しているという話が出てきました。ぐるっと一周して、また戻ってきた感じですね、という大内さんの言い方がすごくしっくりきました。技術はどんどん進んでいるのに、結局、生データを見る価値そのものはなくなっていないわけです。
AIで分析は楽になるのかという問い
今回の本題はここです。最近は本当に何でもAIでできそうに見えます。PDFを読み込ませて分析させる。BigQueryと会話する。タグマネージャーの設定までAIにやらせる。少し前だったら専門家に頼むしかなかったことが、急に自分の手元に降りてきた感じがあります。
そこで素直に出てくる疑問が、アナリティクスの仕事は楽になるのか、それともAIに振り回されてむしろ難しくなるのか、というものです。ここに対する大内さんの答えは、かなり現実的でした。
長い目で見れば仕事の形そのものが変わっていく可能性はある。でも、この二、三年で見れば「楽しく忙しくなる」というのが実感に近い。
この「楽しく忙しくなる」という表現が、すごく今っぽいと思いました。単純に省力化されて暇になるという話ではないんですね。今までやりたかったけれど、自分のスキルや時間の制約でできなかったことが、一気に手の届く範囲に入ってくる。だから、やれることが増える。やりたいことも増える。結果として忙しくなる。しかも本人はそれを苦痛だけではなく、かなり面白いとも感じている。そんな状態です。
「楽になる」より「気持ちよくなる」
大内さんは、専門でやっている人にとっては「楽になる」というより「気持ちよくなる」に近いと言っていました。これはかなり本質的な言い方だと思います。
たとえば今までだったら、BigQueryで分析すると聞いただけで身構えていた人が多かったはずです。SQLが必要そう、構造が難しそう、触るのが怖そう。そういう壁がいくつもありました。ところが今は、データさえ入っていれば、自然言語でかなりのところまで進められる。Claude Codeのようなものを経由しながら、かなり高度な分析にも踏み込める。触っている人からすると、むちゃくちゃ楽になったと感じるのは当然です。
しかも、楽になった先でできることが、単なるレポート作成の効率化にとどまりません。売上予測や、統計的な関連性を見るMMM、予実管理からの改善施策出しまで、一人で触れる範囲がかなり広がっています。今までなら「そこはデータサイエンスの領域だから自分には無理」と諦めていたようなことに、普通に手が届くようになっている。やる前に諦めていたことが、やってみたらできてしまう。この感覚はかなり大きいと思います。
ただし、その快感には危うさもあります。大内さんが何度も言っていたのは、気をつけないと働きすぎになる、ということでした。できるからやる。やれるからもっとやる。レポートが早くできるから、そのぶん改善案を考える。改善案が出せるから、さらに次の分析をする。アドレナリンが出るので止まりにくい。便利になって余裕が生まれるというより、便利になったぶん仕事が増殖する感じです。
BigQueryは簡単になったけれど、怖さは消えていない
このあたりの話もかなり現実的でした。今の空気だけ見ると、BigQueryはもう誰でも触れるようになった、という雰囲気があります。実際、大内さんも、今までなら普通の人には難しかった解析ができるようになっていると言っています。
ただ一方で、できそうだと思っている人ほど、別の壁にぶつかるとも話していました。その一つが費用です。どれぐらいコストがかかるのかが見えにくい。会話形式で便利に使えるようになるほど、逆にどこでどれだけお金がかかっているのか分かりづらい面があります。
もう一つはUIの怖さです。機能が多いし、会社で契約している環境をうっかり触るのは怖い。下手に使ってコストが増えたらどうしよう、怒られるんじゃないか、という心理的なハードルはまだかなりあります。ここは単純に「AIがあるから大丈夫」で消える話ではないですね。技術的な壁は下がっても、運用上の壁や心理的な壁はまだ残る。その意味では、入り口は広くなったけれど、完全に平らにはなっていないという感じです。
本当に難しくなったのは、分析より伝達かもしれない
対談の中でいちばん大事だと思ったのはここでした。分析はたしかにやりやすくなっています。でも、その結果を人に伝えることは、むしろ前より難しくなっている。
昔は、自分が分析して、自分が理解できる範囲のことをレポートに書いていました。つまり、自分の頭の中でたどった道筋と、相手に渡す内容がそれなりに一致していたわけです。ところが今は、AIと対話しながらどんどん深く掘れます。あれも見られる、これも見られる、じゃあそれもやろう、と進んでいく。その結果、最終的なアウトプットは立派になるんですが、どうしてそこにたどり着いたのかを人に共有するのが難しい。
大内さんは、生成AIはまだまだ一対一の対応だと言っていました。すごく分かり合えて、途中で間違いながらもやり取りを積み重ねて、ようやく答えにたどり着く。でも、その過程は相手に見えません。だから、結果だけぽんと渡されても、受け取る側は分からない。ここがすごく大きい。
つまり、AIによって分析の深さは増したけれど、組織やクライアントに共有できる形に翻訳する仕事は別に必要になったということです。しかもその翻訳は、従来のアナリティクスのスキルと少し違う。何を見て、どう試して、どこで判断し、なぜその結論にしたのか。その過程を他人がついてこられる形で出し直さないといけない。これは地味ですが、かなり重たい仕事です。
AIを使える人と使えない人の差は、思ったより深い
もう一つ大きな論点が、社内や組織内での格差です。AIを触っている人は、どんどん先に進みます。しかも楽しいので、さらに触るようになる。一方で、日常業務の中でAIに触れる時間がない人は、その変化に追いつきにくい。たとえば店舗に立っている人は、その時間が取りにくい。そうすると、同じ会社の中でもAIが遠い存在になってしまう。
ここで厄介なのは、従来のように「セミナーに出て勉強したら追いつける」という感じではないことです。AIは知識だけでは埋まりにくい。大内さんも、AIとのコミュニケーション量みたいなものが効いてくると話していました。たしかにその通りで、説明を聞いたから使えるようになるわけではなく、実際に触って、自分なりの問い方や見方を身につける必要があります。
その結果、組織の中で話が通じなくなる可能性がある。支援会社と事業会社の間だけではなく、事業会社の中でも差が広がる。誰がオーナーとして進めるべきなのか、担当者だけでいいのか、経営層も触るべきなのか。こういう話は、もう単なる分析ツールの話ではなく、マネジメントの話になってきます。アナリティクスだけでは済まなくなってきた、という森野の実感に、大内さんが即答で「間違いなくありますね」と返していたのが印象に残りました。
小さいチームのほうが速いという現実
この流れの中で、大内さんは、一人で実行して一人で判断できる人ほど進みやすいとも話していました。これはすごく現場感のある話です。
AIを使って分析を進めるとき、いちばんの摩擦は技術そのものよりコミュニケーションコストだったりします。自分でやるなら、その場で試して、その場で修正して、その場で次に進める。ところが人数が増えると、共有が必要になり、説明が必要になり、合意も必要になる。そのたびに段差ができます。
森野の側からも、MCPサーバーに接続するだけで申請が必要、という話が出ていました。大きい組織では普通のことですが、AI時代にはこの一手間がかなり重たい。小さいチームや個人のほうが速いのは、単に身軽だからではなく、AIとの対話で得た流れをそのまま止めずに実行できるからです。
発見の喜びはAIに奪われるのか
対談の途中で、分析の仕事が好きな人にとっては少し刺さる話題も出ました。今までなら、自分でデータを見て「ここだ」と気づく瞬間がありました。その発見の喜びが、AIが先に出してくるようになったら、仕事がつまらなくなるのではないか、という話です。
大内さんは、この感覚があまりなかったと言っていました。むしろ、そんなことを言っている人ほど一番楽しんでいるのでは、という反応でした。ここも面白いところです。要するに、何に価値を感じているかで受け取り方が変わるんですね。ツールの操作や手法の細かい部分だけが自分の価値だったと思っていると、AIに置き換わる不安が強い。でも、もっと広い視野で見ている人にとっては、できることが広がるのでポジティブに見える。
定例レポートを出すだけの仕事は、たしかに面白みが減るかもしれません。ただ、その人たちも本当はもっと別のことができるはずだ、というのが大内さんの考えでした。ここは希望的観測ではなく、AIが単純作業を削った先に、別の価値づくりへ移れるかどうかの話だと思います。
コンサルの価値も変わる
対談の後半で出てきたのが、支援会社やコンサルの立場がどう変わるかという話です。これはかなり重要でした。
今までのコンサルティングは、調査して、分析して、厚い資料にして出すこと自体に価値が乗っていました。ツールが高価で、使いこなせる人も限られていたので、その周辺に高いコンサル料が乗る構造も成立しやすかったわけです。ところが、事業会社の側が「自分たちでもある程度できる」と気づいてしまうと、その前提が崩れます。
実際、最近は「それ、生成AIを使ってますか」と聞かれることもある、という話が出ていました。これも今っぽいですよね。支援する側も、AIを使ったと言ったほうがいいのか、言わないほうがいいのか迷う。使っていると伝えれば、じゃあそんなにお金を払う必要はないのではと思われるかもしれない。逆に言わなければ不透明に見えるかもしれない。価値の置き場所が揺れているわけです。
さらに厳しいのは、事業会社の側が自分で確かめられるようになってくることです。前は支援会社のほうがツールを知っていて、事業会社は受け取る側でした。ところが今は、支援会社の言っていることを自分たちでも検証できる。しかも事業ドメインについては、当然ながら事業会社のほうが詳しい。そうなると、支援会社が単に「知っている側」として上に立つ構図は崩れます。どこで信頼を得るのか、どう価値を出すのかを、まるごと考え直さないといけなくなる。
AIの後始末だけをする仕事はきつい
ここもかなり印象に残りました。AIが出したものをチェックする仕事は、一見すると重要です。実際、プログラムをチェックするには相応のスキルがいります。議事録を確認するにも、内容を理解していなければできません。つまり前提のスキルは高い。なのに、仕事としては妙につまらない。
大内さんは、そんな役目になったら辞めたくなるとまで言っていました。かなり率直ですが、よく分かります。AIが出したものを、別のAIでチェックする。何が正解か分からないまま、後始末だけが増えていく。そうなると現場は荒れるだろうという話も出ていました。
しかもデータ分析やSEOは、プログラミングのような定型的な正誤判定がしづらい分野です。答えがあるようでない。打ち手が本当に効くかは、やってみないと分からないことも多い。そうなると、生成AIの言ったことと支援会社の言ったことを、きれいにチェックすること自体が難しい。これはかなり厄介です。だからこそ、この業界が完全に仕事を失うことはないだろうけれど、立場や役割や値付けは大きく変わるはずだ、というのが大内さんの見立てでした。
じゃあ、これから何に時間を使うべきなのか
対談の最後のほうで、かなり大事な話が出てきます。分析やアウトプットにかかる時間は、今後かなり減っていく。ほぼゼロに近づいていく部分もある。では、そのぶんどこに時間を使うべきなのか。森野は「最初の設計とか、日頃のインプットに時間をかけた方がいいのでは」と投げかけました。
大内さんの答えは明快で、ゴールから逆算することだと言っていました。本当に自分が何を知ったら改善できるのか。目標がしっかりしているか。その目標から下ろしていったときに、このデータがあれば分かるのではないか、という思考をする必要がある。
これは、AIがある時代ほど重要になる考え方だと思います。AIがあると、とりあえずデータを入れて何か言わせたくなります。でも、それで出てくるのは「もっともらしいもの」であって、「使えるもの」ではないことが多い。本当に使えるようにするには、かなりチューニングが必要だという話も出ていました。
つまり、AIがあるから設計が雑でいい、ではないんですね。むしろ逆です。問いが甘いと、答えもそれっぽいだけになる。データをどこまで使うか、どの範囲で見るか、何を知りたいのか。その定義が前よりずっと重要になっています。
データを全部入れればいいわけではない
この文脈で、大内さんはビッグデータの頃の失敗にも触れていました。データを全部放り込めば何かすごいことが分かる、という幻想です。生成AIでも同じ勘違いが起きやすい。全部入れれば全部分かると思いたくなるんですが、現実はそんなに甘くありません。
データを大量に読ませれば、そのぶんコストもかかります。しかも、ただ広く入れただけでは、精度の高い答えが出るわけではない。結局は、この範囲に絞って使おうとか、このデータセットを作ってみようとか、そういう設計が必要になります。そこまでいくと、やっていることは昔とまったく別物ではなく、むしろ業務理解を深めながらルールを整える方向に近づいていく。下手をすると、これ本当に生成AIなのかな、ルールベースじゃないか、という感覚にもなる。
でも大内さんは、それもポジティブに見ていました。ルールを書き、業務を言語化し、自分たちの仕事を深く理解する過程を通ることで、結果として改善のスピードが上がるチームになれるかもしれない。ここは希望論ではなく、AIを使うために業務を整理した結果、組織の理解度が上がるという話です。
これから求められるのは、超伴走型なのかもしれない
対談全体を通して見えてきたのは、単に分析を代行するだけの価値は薄くなっていく一方で、事業や現場に深く入り込んで、前提を理解しながら一緒に組み立てていく役割はむしろ大きくなる、ということでした。大内さんはそれを「超伴走型」と表現していました。
事業会社とほぼ同じ目線で事業を理解し、そのうえで生成AIのチューニングやカスタマイズをして、現場が楽になるように整えていく。ここには確実に価値があります。単にレポートを出す人ではなく、前提をそろえ、問いを設計し、AIを現場で使える形に落とし込む人です。
この役割は、AIが発達するほど必要になる気がします。AIが賢くなるほど、雑な前提でもっともらしいものを出せてしまうからです。その中で、本当に役に立つ答えにたどり着くには、事業理解と現場理解と設計力が要る。ここは簡単には自動化されません。
まとめ
今回の対談をひとことでまとめるなら、AIで分析はたしかに楽になる。でも、そのぶん別の難しさが前より重くなる、ということだと思います。
楽になる部分はかなりはっきりしています。今までできなかったことができる。BigQueryも予測もMMMも、以前よりずっと手が届く。専門家にしか無理だと思っていた領域に、普通の人も入っていける。これは本当に大きい変化です。
でも、その結果をどう伝えるのか。組織の中の格差をどう埋めるのか。誰がオーナーになって進めるのか。AIが出した答えをどう扱うのか。支援会社はどこで価値を出すのか。こういう問題は、むしろこれから本格化していきます。
しかも、それは悲観一色の話でもありません。大内さんの話を聞いていると、むしろ仕事そのものが広がっていく感覚が強い。できることが増え、やるべきことも増え、考えるべきことはもっと増える。だから忙しくなる。でも、その忙しさは、ただ振り回される忙しさではなく、手が届かなかったものに手が届くようになった時の忙しさです。
その意味では、今はたぶん境目の時期なんだと思います。分析をする人の価値がなくなるのではなく、価値の置き場所が変わっている最中です。操作や集計そのものではなく、設計、解釈、共有、伴走。そちら側に重心が移っている。今回の対談は、その変化をかなり生々しく見せてくれる内容でした。
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